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努力なんて嫌いだ

暇があれば寝ていたい

大人の描く夢と大人になってから描く夢のむずかしさ

生き方 独り言

小さいころに書いた夢
「お姫様になりたい」
「ケーキ屋さんになりたい」

それを叶えられた人ってどれくらいいるんだろう?
私の夢は
「小説家になりたい」

妄想も、文章を書くことも好きだったからだろうが、今の時点でこんな文章しか書けない私がそんな夢。
おかしくて笑える。
もちろん、小説家にはなっていない。

小さいころはどんな夢を描いても無料だ。
そして、それを叶えられる可能性も高い。

大人になった今、果たしてその可能性はどうなのか?

努力すればきっと叶う!とか、そんな根性論はいらない。(努力なんて嫌いだから)
この数十年培ってきた知識と人格は、果たして自分をどんな大人にしてくれるんだろう。
きっと子どものように自由な未来を描きながら変わっていくことは容易ではない。
関わる人も、影響を受ける人も、子どもの頃の何倍にもなるのだから。
けれど、大人も変わらないといけない。
変わらなければ、「今」においていかれてしまうし、いつまでも「過去」を生きることになる。
「過去」を「今」に近づけ、「未来」を先取りする。
でも、その「未来」だって誰かが過去に描いた「今」だ。
今を追いかけて、せっせと今を過去にする仕事をしている。
それが大人であり、人間。そして、時間という概念。


子どものときにはお金を考えなくてよかった。
自分の食い扶持は親が稼いできてくれる。
大人になると自分の食い扶持は自分で作るしかない。
自分か?周囲か?パートナーか?

そんなたくさんのしがらみの中、大人が描ける夢ってなんだろう。
大人になったからこその将来の夢ってなんだろう。

きっと、すごく現実的なものになるんだろうな。
(世界一周はすでに現実に、宇宙旅行ももう実現できる未来にあるし)
有限の世界の中で無限の夢を描く。
きっとそれは無限じゃなくて有限のものでしかない。

 

今、私がなりたいものといえば「忘れられない人になる」ことかな。
人は忘れる生き物で、忘れることで新しいことを覚えられる生き物だから。
頭にHDDかSSDを埋め込めればまた違うんだろうけど。
忘れることで人間の脳がもっているならば、忘れなくなったなら、それはこの大きさの脳では耐えられないし、つまりは、計算できないほどのデータになるんだと思う。
何ペタとかもきっと簡単に飛び越えていけるほど。
だからこそ、「忘れられない人」になりたい。
悪いことも、すべて忘れられないような、そんな人になりたい。
「過去」に名を刻むなんてかっこいいことは言わないから、
忘れられない人になれたら、きっと私は過去のなかで幸せに生きられるようになるんだと思う。
「過去」も「今」も「未来」も超越した、時間の概念がないどこかで。