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努力なんて嫌いだ

暇があれば寝ていたい

読書感想文は嫌いでもいいから本は嫌いにならないでほしい

 

私は読書が好きだ。

なにもない休日、気づくと3冊も読み終えてることもある。

 

本が好きなのは、自分の経験してできないことを読める(疑似体験できる)から。

活字が苦手じゃないのは単純に昔から本を読むのが当たり前だったからかと。

親も本が好きでよく読んでたからね。

 

 

だからって小学生のころから好きだったわけじゃない。

読書感想文なんて苦手だったし、読書感想文があるおかげですごく本が嫌いになった時もある。

 

読書感想文を評価すること自体ナンセンスだと思うのだけど、それは私がひねくれてるからかしら?

 

 

「このときの太郎君の気持ちは?」

とか思いながら本読まなくない?

 

うわ、ちょー楽しそう!!

とか、

えっ、、どうなっちゃうのー

とかとか思いながら「第三者の目線」で読みません?

書き方が一人称としても。

 

 

そうか、ここにそんな教訓が、とか

自己啓発じゃないんだからさ笑

 

 

だから、課題図書も嫌いだった。

いまだに嫌い。

私の好きな本を読ませてくれって思う。

課題図書になりやすい

吾輩は猫である

車輪の下

とかとか、私はそういう語り口苦手なんです!!

っていう書き方の作家さんばっかりで。

癖が強くて、癖が強い私には本当に読むのが辛かった。

だから、感想文はネットの感想から切ったり貼ったり。

 

そういうごまかし上手くなったなぁ

 

 

もしかしてそのためだったのかしら?笑

 

 

 

圧倒的に現代作家の作品をが好きだし、教訓めいた話よりもフィクションのほうが好き。

でもそんなんじゃ読書感想文書けないんですよ、学校で認められるようなのはね。

 

だって、東京タラレバ娘の感想文出したら先生に怒られちゃうし、内申に響くからね笑

もし担任が30代の独身女性ならなおのことね笑

 

 

 

 

 

本は作家さんの手を離れた時点で、別の人生を歩き始めていると思う。

読む人によって、それぞれの人生を歩き始める。

感じ方は人それぞれ。

 

だからこそ読み終えたあとの感想も人それぞれ。

「こういう感想が正解」

なんてないんだよ。

吾輩は猫である」を読んで、なにを思うかなんて人それぞれなんだよ。

(因みに私ははじめの数ページで「つまらない」「疲れる」「おもしろくない」と感じたから読み進められなかった。)

 

 

作家さんの書き方が突然変わることは珍しいし、だいたい同じ書き方になるから、一度苦手意識を持ってしまうともうだめ。

芋づる式に他の本も苦手になっちゃう。(私だけ?)

 

 

現代作家でも苦手な人はいる。

癖の強い村上春樹なんて、私には読めたもんじゃなかった。

その場面が頭に浮かぶ前に語り口でかき消された。

 

基本的に文字から雰囲気を読み取って主人公に感情移入する読み方をする私には村上春樹は読めたもんじゃない。

何回セックスするんだよ、まったく。

私はセックスは苦手だし、好きじゃない。

 

 

 

そうやって、自分の好きなジャンルとか、どういう読み方をしているのか、どの作家さんの作品が好きなのか、とかとか、分かってきたのは割と最近。

たくさん本も読んだってのもあるけど、それよりも大きいのは「自分の好きな本を好きなように読めたから」。

 

 

本好きとしては、本を読まないのはすごくもったいないと思う。

読んだ結果、本が苦手ってのは全然良いと思う。

一年で1000冊読むのが偉いとは思わない。すごいとは思うけどね。

 

 

 

本は、手を取った瞬間、その人の物語となって新しい人生を歩み始める。

自由に、新しい人生を歩んでほしい。

本好きとしては、そうやって本を好きになってもらえることが嬉しいから。